天赦園の複雑なみぎわ線ほか
更新日:2023年12月7日
【前説】
天赦園(てんしゃえん)は愛媛県宇和島市にある国指定名勝の庭園です。面積は約 12000 平方メートルで、庭の主要部は100m × 100m の正方形の中に入ります。 google マップで簡易測定したところ、池を一周する道が250mくらいでした。
【ポイント1:伊達家の大名庭園】
天赦園を築いたのは宇和島藩主であった伊達宗紀(だて むねただ 1792-1889)。ちなみに宇和島藩初代 藩主伊達 秀宗(だて ひでむね)は伊達政宗の息子です。
宗紀は1844年に江戸で隠居しますが、1862年に宇和島にも隠居所を造り、その庭を天赦園と名付けました。
その名前は先祖である伊達政宗の漢詩
馬上少年過ぐ
世は平にして白髪多し
残躯は天の赦すところ
是を楽しまずして如何せん
にちなみます。
【ポイント2:植物】
伊達家の家紋が「竹にスズメ」であるのにちなんで竹が多く、伊達家が藤原氏を称していたことから藤の花も多くあります。 藤棚の1つは太鼓橋の形をしていて池の上にかかっているのが特徴で、天赦園のシンボルです。この藤は通常の藤とは違い垂れずに上に向かって咲くそうです。
【ポイント3:複雑なみぎわ線】
私が一番気になったところで、天赦園に行った主な理由です。まずは平面図を見てください。池の北東部から大きな半島が西に突き出して南に曲がり、その先は二股に分かれています。池の南側からも大きな半島が北へ突き出しています。
【評価と受け】
・庭園研究家の重森三玲は1930年代に出版した『日本庭園史図鑑』で天赦園の地割(平面設計)を高く評価しています。
・天赦園は1968年に名勝指定されています。国指定文化財等データベースの解説文によれば天赦園は「作庭年代は比較的新しいが、全体の意匠と細部の技法にみるべきものがあり、かつ庭景の変化が豊富であって廻遊式庭園の特色をよく表現している」とのことです。
【基本情報】
・施設の性格:隠居所
・作庭年代:江戸時代後期
・施主:伊達宗紀
・所在地:
〒798-0065 愛媛県宇和島市天赦公園1
・アクセス:
JR 宇和島駅から徒歩20分又はバスで12分
宇和島朝日 IC から車で 5 分
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