縮景園の池と島
更新日:3月8日
縮景園(しゅっけいえん)は広島市中心部にある大名庭園です。サイズは面積4万平方メートル、モデルコースの長さが950mくらい。
【縮景園の歴史】
その歴史を簡単に解説すると、広島藩初代藩主浅野 長晟(あさの ながあきら)が造らせた別邸(1620年着工)が起源。政府広報オンラインの記事によれば、初めて城外に造られた大名庭園だったといいます。最初の作庭は家老でもあった上田 宗箇でしたがその後何度か改修があり、現在 上田宗箇 作庭部分は一部を残すのみとなっています。
縮景園がほぼ現在の姿となったのは、1783年から1788年にかけての大規模な改修の後。改修は清水七郎右衛門という京都の庭師を招いて行われ、縮景園のシンボルと言える跨虹橋(ここうきょう)もこの時にこの時にできました。
明治以降は華族となった浅野家の別邸として使用されましたが、1913年から公開。1945年には原爆により壊滅的な打撃を受けましたが、1949年から74年にかけて復旧しました。
【縮景園の池と島】
縮景園は濯纓池(たくえいち)という1つの池を中心とした庭です。鑑賞上の見どころは主に池の周囲にあります。また池自体も特徴的です。
まず池とその周辺にあるものを挙げましょう。
池を二分するように中央にある中国風の橋は跨虹橋といい、日本100名橋の番外に選ばれています。空襲にも耐えて残ったオリジナルの橋です。母屋と2つのあずまやなど建物も池から見える範囲に集中しています。池を一周するルート上にはバリエーション豊富な灯篭などの景物があります。
次に池自体をみるとこれもかなり特徴があります。
まず池の中央が狭くなっています。これは橋を架ける都合上でしょう。
島がたくさんあることにも気づきます。これは瀬戸内海の島々を表していると説明されることがあります。このように実在の名所や景勝地をモチーフに庭を造ることは (他の時代にも行われましたが)
特に江戸時代に盛んだったようです。
池の水際のラインは複雑に出入りしています。これは回遊の楽しみを重視した設計なのでしょう。池に沿った路を歩くと、ある瞬間には進行方向に池が見え、ある瞬間には池の中心に背を向けて歩くことになります。このような設計は桂離宮庭園などにもみられるものです。
【まとめ】
縮景園は1つの池を中心とした庭園です。その池と周辺は江戸時代の池泉回遊式庭園の特徴をよくあらわしています。広島に行くことがあればぜひ縮景園にも立ち寄ってみてください。
【旅行者向け情報】
・隣には広島県立美術館があり共通券も発売されています。
・園内の休憩所「泉水亭」ではうどんなどの軽食が食べられます。抹茶、紅茶、コーヒーもあり。
・駐車場は小さく、付近に駐車場も多くありません(行楽シーズンだとすぐいっぱいになる)
【基本情報】
・施設の性格:大名家別邸(現在は都市公園)
・庭の性格:遊興、饗応、文化活動、鍛錬など多目的に使用される庭
・所在地
広島県広島市中区上幟町 2-11
・アクセス
公共交通機関利用がおすすめ。
JR広島駅から徒歩で20分、バス(1停留所)と徒歩で5分くらい、路面電車(1回乗り換え)と徒歩で15分くらい
・公開状況:公開(有料)
(2016年2月訪問)
(2019年5月再訪)
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