庭園と人文景観
更新日:1月24日
庭のモチーフとなるのは自然景観とは限らず、田畑や路、町並みなど人が造った景観(人文景観)を造ることもあります
農作業をする人や道を往く人を配置して景観を演出することさえ行なわれました
【橘俊綱 伏見亭の人文景観】
早くも平安時代には、庭に人文景観を再現した例があります
平安末期に成立した歴史物語『今鏡』は、『作庭記』の作者とされる橘俊綱の別荘について
「伏見には山道をつくりて、しかるべき折節には、旅人をしたてて通されければ、さるおもしろきことなかりけり」
(『今鏡』 藤波の上 の巻)
と記しています
【離宮庭園、大名庭園と人文景観】
江戸時代の離宮庭園や大名庭園にも人文景観は取り入れられ、現存するものも複数あります
例えば修学院離宮には約8万平方メートルに及ぶ水田があり、水田の中を通る道が3ヶ所の建物群をつないでいます。岡山後楽園の水田は現在はわずかですが作庭当時はもっと広く、庭の東部はほぼ水田だったことが古図からわかります
水田以外では西湖堤というものも大名の間で流行しました。これは中国の名所「西湖」を横断する道路で、直線的な堤と太鼓橋を組み合わせたものです。小石川後楽園、縮景園、芝離宮庭園などに、当時造られた西湖堤が残っています
現存はしていませんが、虚構の街を作った例もあります。尾張藩江戸下屋敷、いわゆる戸山荘には小田原宿を模した一角があり、米屋、鍛冶屋、薬屋などが並ぶ街並みが実物大で造られていたということです





【築山庭造伝と人文景観】
『築山庭造伝』は江戸時代の作庭書。前編と後編があり、江戸時代中期に書かれた前編は当時もっとも普及した作庭書で明治時代まで読まれたといいます
その中に
「尤も庭はめでたき表事を作るといへども、元来山水を写したる物なれバ村里偏地のありさまをあしらふべし」
という1節があり、村里の様子を取り入れるのもよい、と読めます

【現代庭園の人文景観】
現代庭園の中の人文景観にも少しふれておきましょう
1例目は、けいはんな記念公園内の日本庭園「水景園」です。水景園には棚田があり、本物の稲が植えられ、カカシも立っています
けいはんな記念公園が開園した1995年という時期は、世界的にも人文景観の再評価が進んでいた時期です。それまで景観保護と言えば自然景観の事でしたが、1992年のユネスコの世界遺産委員会の作業指針に文化的景観の概念が盛り込まれ、「人が手を加えた景観」が保護対象となりました
水景園の棚田にもそういった時代背景が影響しているのかもしれません

水景園より前、1985年に造られた南楽園にも、人が造った景観を再現した部分があります
例えば西部の大きな池のほとりにある休憩所は、漁師町のような姿をしています
石垣を景観に取り入れている点も注目です

古典庭園にもあった茶畑ですが、現代の庭園にも例があります。

意外なところではダムをデザインに取り入れた例もあります
でもこれはちょっと意味合いが違うかもしれませんが

【参考資料】
小寺武久 『尾張藩江戸下屋敷の謎~虚構の町をもつ大名庭園』(1989年) 中公新書
中村 一 、尼崎 博正 『風景をつくる―現代の造園と伝統的日本庭園』 (2001年) 昭和堂
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