中津万象園の煎茶室 観潮楼
【はじめに】
中津万象園(なかづばんしょうえん)の見所の一つが、池の南に建つ「観潮楼」(かんちょうろう)。この建物は「現存最古の煎茶室」とも呼ばれ、中津万象園を訪れる際はぜひ意識してほしい場所です。
ですがそもそも煎茶室とは何か疑問に思う人もいるでしょう。
この記事では観潮楼と煎茶室について基本的なことを解説します。

【中津万象園とは】
まず中津万象園について簡単に説明しておきましょう。
中津万象園は、香川県丸亀市にある大名庭園で、江戸時代の丸亀藩主・京極高豊(きょうごく たかとよ)によって1688年に築庭されました。約35,000㎡の庭園には1つの池と8つの島、「日本の名松100選」に選ばれた松などがあります。
【煎茶室・煎茶道とは】
煎茶室とは、煎茶道(せんちゃどう)のための建物。
煎茶道は、煎茶を用いた「もう一つの茶道」で、江戸時代中期に中国の文人文化の影響を受けて成立しました。抹茶をたてる茶の湯(表千家・裏千家など)とは異なり、煎茶道では急須を用いて煎茶や玉露を淹れ、茶の味や香りを楽しみます。
江戸時代の茶の湯が武士に支持されて格式ばったものになったのに対し、煎茶道はもっと自由で知的なたしなみとして主に知識人や文化人の間で広まりました。煎茶をたしなんだ江戸時代の有名人には、頼山陽、伊藤若冲、上田秋成などがいます。
煎茶道のための茶室(煎茶室)は茶の湯のための茶室とは異なり、にじり口は無く、大きな窓のある開放的なつくりが一般的です。眺めの良い場所に建てたり、高床式にして眺めをよくしたりすることもあります(彦根城槻御殿にある「楽々の間」も高床式の煎茶室です)。
【観潮楼について】
では改めて、観潮楼を見てみましょう。
[煎茶室らしい外観]
観潮楼は池の南に建つ、木造かやぶき、掘立柱の小さな建物です。

高床式の建物で、南側の階段から入ります(通常は立ち入り禁止です)。階段を上がったところに短い廊下があり、四畳半の茶席に通じています。茶席の東と北には広い開口部があって障子が入っています。障子の外には高欄(てすり)のついた縁側があります。このように眺望を重視した設計は、煎茶室の特徴です。

[眺めの良い茶席]
内部は公開されていませんが四畳半の畳敷きの部屋で、西側に床(とこ)と床脇があるそうです。床柱は孟宗竹。床脇には天袋地袋も違い棚も無く、掛け障子がかかっています。
前述のとおり東と北に大きな開口部があり、障子を開けて庭を見ることができます。
かつてはその名のとおり、観潮楼から海が見えていました。丸亀藩主京極高朗(きょうごく たかあきら 1798-1874)の詩集、『琴峰詩集』には観潮楼から見た庭と海の景色を読んだと思われるものがあります。(巻1 中津即興)
雨霽海天煙靄融(雨が上がって海と空がとけあい)
布帆片々掛軽風(所々の帆掛け船は軽やかな風を受けてすすむ)
水涵岸竹枝々翠(水が岸辺の竹をひたし、枝は緑にかがやく)
霜染庭楓葉々紅(霜が庭の楓を染め葉は紅)
捲箔日光来席上(簾をまくれば陽の光が席を照らし)
凭欄雲影落杯中(欄干にもたれれば杯の中に雲が影を落とす)
數聲漁笛知何処(漁師の笛がいくつか聞こえるがどこかは分からない)
一葦舟過蘆荻東(葦舟が一艘、アシとオギの東を過ぎて行く)
国書データベース 『琴峰詩集』
[観潮楼の建築年代と文化財的価値]
2013年、名古屋工業大学の麓和善(ふもとかずよし)教授が観潮楼を調査し「観潮楼は唐物を使い出す以前の建物。非常に初期の煎茶席で、確認されたものでは一番古い」と語りました。
(四国新聞 2013年11月14日)
観潮楼が建てられた時期について決定的証拠はありませんが、1781(安永十)年の文書に「中津御茶屋(万象園のこと)の御庭、数寄屋ができた」という意味の記述があるのでこの頃までに建てられたのでしょう。
現在観潮楼は丸亀市の文化財に指定されています。麓教授によれば、江戸時代の煎茶席で現存するものは少ないため、今後もっと上の文化財になる可能性もあるとのことです。
[現在の観潮楼]
観潮楼の内部は普段は公開されていませんが、まれにイベントにあわせて特別公開されることがあります。また、2024年7月に始まった丸亀城の城泊では、観潮楼での煎茶点前体験がプログラムに含まれています。
【まとめ】
江戸時代後期から明治時代にかけて、もう一つの茶道である煎茶道が盛んでした。中津万象園の観潮楼は煎茶室(煎茶道の茶室)の初期の例として貴重なものです。
中津万象園を訪問した際には、ぜひ観潮楼にも目を留めて、煎茶道の歴史に思いをはせてみてください。
【Learn More】
広報まるがめ 2024年7月号 丸亀城 城泊スタート
「ハレとケ」通信 第21号 『-現存最古の煎茶席- 中津万象園茶亭 観潮楼』
江戸時代から続く香川のお庭・中津万象園を応援してくれる人の輪を広げたい! - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
尼﨑博正、 麓和善ほか『庭と建築の煎茶文化―近代数寄空間をよみとく』思文閣出版 (2019)
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