掬月亭 栗林公園と調和する建築
- Masahiko Yano
- 2 日前
- 読了時間: 5分
【はじめに】
掬月亭(きくげつてい)は栗林公園の南湖西岸にある建物。栗林公園の紹介によく使われるこの風景で、池の向こう岸に見える建物です。

この建物は風景の一部であると同時にそれ自体が興味深く、建築的にも注目されています。
今回はこの掬月亭を解説しましょう。
【掬月亭の概要】
掬月亭は南湖の西岸に建つ、大きめの休憩所といった建物。5棟(江戸時代には7棟)の建物がつながった木造平屋の建築で、床面積は合計129坪、畳は160畳、雨戸128枚というスケールです。
江戸時代には庭で遊ぶための拠点として使用され、厨房や従者控室が付属していました。
建築様式としては「数寄屋風書院造」となります。これは書院造(格式の高い造り)を少し崩して、遊びや風流の要素を取り入れたものです。
【外観の調和】
まずは掬月亭を外部から見ましょう。
掬月亭がよく見えるポイントは「飛来峰」「渚山」「南湖南岸」などです。
外観からは壁が少ないこと、高さを押さえていることが分かります。

屋根はこけら葺きで寄棟造。屋根の角度がそろっている点に秩序だった美しさを感じます。この屋根の角度は背景の山ともほぼ一致します。調和を感じる一因かもしれません。

【庭との接続】
掬月亭は庭との繋がりも興味深いものがあります。掬月亭には玄関がありません。代わりに建物ほぼ全周にある縁側に向けて、数か所から飛石の路がついています。写真は建物の北から掬月の間に向かう飛石です。

ただし管理上の理由から、現在では入口を指定しています。
西側にある垣の切れ目から入り、初筵観北棟(しょえんかんきたむね)と管理棟の間で建物に上がるのが現在の指定ルートです。
【掬月亭の空間】
掬月亭は開放的な空間が特徴です。
壁が少なく、柱も細く、128枚ある雨戸も目立たない場所に収納されます。
写真は掬月の間から見た庭の風景。
縁の内と外にある柱は、特定の視点から見ると重なって見えるように配置され、視界を妨げないようになっています。

【掬月亭の注目ポイント:内装とディティール】
掬月亭は内装とディティールも注目されています。
具体的には和紙貼りの内装(全体)や透けた床の間(初筵観)などです。
写真は掬月の間の内装。和紙の白、黒漆の黒、飾り棚などの無い床の間というシンプルな構成です

初筵観の床の間も注目ポイントです。
通常、床の間は部屋の端にあって後ろと横は壁ですが、初筵観の床の間は部屋の中にあり、後豊子はこのように透けています。

このほか、雨戸が部屋の角を廻るための工夫や角柱と角丸柱の使い分けなど、細部にも興味深い点があるので現地を訪れた際はぜひ自分の目で確かめてください。
【江戸時代の掬月亭】
・1700年に描かれた『御林御庭之図』にはすでに掬月亭らしき建物が描かれています。ただし建物の形は現在とは異なっています
・1745年に書かれた『栗林荘記』に掬月亭が登場します。当時は建物全体を「星斗館」と呼び、池に張り出した一棟を「掬月楼」と称していました。従者控室や厨房をふくめて7つの棟があり、全体を北斗七星に見立てていたようです。
「其斗入者掬月 楼東面半垂在湖 湖石為之礎如簴如螭如●●如贔屓出波挙頭而擎
其雁行于楼西者初筵観 背観而北者従者舎 舎北逆行東庖厨
厨至観似斗之衡 楼如杓 故総号之星斗館」
「館舎星斗尤壮麗楼上可座百人 観亦可受之宴 従舎庖厨称」
(意訳:建物については星斗館[掬月亭]が最も壮麗で、掬月の間には百人坐ることができる。初筵観でもこれを受けて宴を開くことができる。これらに釣り合った従者控室と調理場がある)
「花晨月夕雨雪風濤莫一不佳者掬月可以為第一 初遊者或始于西湖或始于北湖 持西北来登此楼者輒無不自失」
(意訳:季節や天候に関わらずいつも良いという点で掬月の間が第一である。 初めて訪れる者は、西湖方面から来たり北湖方面から来たりするが、西北からこの建物に来たものは皆我を忘れる。)
以上『栗林荘記』から。
「湖上清風来 細雨夜来歇 愛此高樓中 坐掬東山月」
(湖上清風来る 細雨夜来歇む 此の高楼の中を愛し 坐して東山の月を掬す)
栗林二十詠
「瓊楼臨緑水 珠懢邀名月 清影波間動 却訝洗蟾窟」
(瓊楼 緑水に臨み 珠懢 名月を邀え 清影 波間に動き 却って蟾窟を洗うを訝る)
栗林二十境
【現在の掬月亭】
現在の掬月亭は内部見学が可能。入亭料にはお茶とお茶菓子の代金が含まれます。
料金を支払ったら、左手にある毛氈を敷いた部屋(初筵観北棟)でお茶が運ばれるのを待ちましょう。
お茶を頂いた後亭内を見学できます。

季節限定、完全予約制で食事もできるそうです。
また掬月亭は茶会や神前結婚式に利用されることもあります。その場合その部屋は貸切となるので見学範囲が制限されます。
【余談】
・日本画家の平山郁夫(ひらやまいくお)が、池の北にある丘(渚山)から見た掬月亭を描いています。
ほぼこの写真の視点と範囲です↓。
・掬月亭の雨戸に注目した「Transition of Kikugetsutei」という14分の短編映画が、YKK窓学研究所と早稲田大学 中谷礼仁研究室によって製作されました(2020年)。
【掬月亭の評価】
掬月亭は開放的な空間や庭園との調和、軽快な姿などが建築家に高く評価されています。
また建築雑誌の編集者から写真家になった藤塚光政氏は次のように語っています。
「栗林公園と掬月亭は日本庭園の中ではダントツだと思っています。背後の山、手前の池、そして〈掬月亭〉の佇まいすべてでもって“これぞ”と感じさせる。」
【掬月亭のデータ】
構造:木造平屋
屋根:こけら葺き
床面積:129坪
畳数:160畳
雨戸:128枚
障子:144枚
【Learn More】
『伝統の昇華―本歌取りの手法 (村野藤吾のデザイン・エッセンス)』 和風建築社 (2005)
中村 好文『意中の建築 下巻』 新潮社 (2005)
竹原義二『竹原義二の視点 日本建築に学ぶ設計手法』 学芸出版社 (2023)
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