

庭のあるそば屋: 下芳我邸
[利用者向け] 【下芳我家と建物について】 下芳我(しもはが)家は、大洲市の名士である芳我家の分家の1つ。他の分家との区別のため下芳我と呼び習わしている。多分坂の下の平地に屋敷があったためだと思う。芳我家の本家は木蝋製造で財を成したが、下芳賀家は造り酒屋と製糸業に転向してい...
2022年6月16日


ふなや旅館「詠風庭」は文豪や皇室ゆかりの庭
[名門老舗旅館の庭] 【ふなや:道後の老舗旅館】 まずふなやについて簡単に説明。ふなやは愛媛県松山市の道後温泉エリアにあり、江戸時代初期(1627年頃)の創業という老舗旅館。伊予鉄道道後温泉駅から徒歩3分のところにあり、北が高い傾斜地に建っている。...
2022年5月19日


盤泉荘庭園にバイタリティを感じる
[真似ではなく、内から出てくるものを] 渋いばかりが日本庭園ではない。真似ではなく自分の中から出てくるものを表現するなら、バイタリティある人はバイタリティある庭をつくるべきだろう。今回紹介するのもそんな庭。施主に似合っているかを語る前に、まずは施主についてみておこう。...
2022年4月6日


栗林公園(北庭)
北庭は明治以降に公園として、つまり不特定多数が利用する前提で整備されたという点で南庭とは様子が異なっています。北庭の改修には須磨離宮の庭を設計した福羽逸人(ふくば はやと/いつせん)、新宿御苑の造営に携わった市川之雄(いちかわ ゆきお)などが関わりました。 【北庭の歴史】...
2021年9月23日


いかしの舎(旧寺山家)の庭
岡山県早島町にある「いかしの舎(いかしのや)」は明治期の大きな商家を改装した観光施設。もとになったのは畳表などの問屋を営んでいた寺山家の建物で、早島の代表的な町家です。長屋門、主屋、蔵などが保存されています。 早島町はかつて畳表に使う「いぐさ」の大産地でした。...
2021年8月20日


依水園
【概要:前園と後園】 依水園(いすいえん)は奈良市の東寄り、東大寺の近くにある国指定名勝の日本庭園です。 江戸時代に作られた前園と明治時代に作られた後園という、時代や趣の違う2つの部分をあわせて依水園と呼んでいます。面積は合計で約11,000平方メートル。 依水園 【前園】...
2021年7月15日


萬翠荘庭園
【萬翠荘について】 愛媛県松山市にある萬翠荘(ばんすいそう)は、松山城がある丘の南斜面、森の中に佇むフランス風の洋館。大正11年完成。公式サイトによれば当時松山最高の社交場として各界名士が集まったという。敷地内に一時夏目漱石が住んでいたり、昭和天皇が滞在したことがあったりと...
2021年7月7日


旧広瀬邸庭園
【旧広瀬邸について】 旧広瀬邸は住友財閥の初代支配人であった広瀬宰平 (ひろせ さいへい1828 - 1914) の邸宅。広瀬は別子銅山の近代化を通じて日本の近代産業に貢献しまた住友グループの基礎を築いた人物ですが、その邸宅は銅山のある山の麓にあり、新居浜市...
2021年7月7日


慶沢園
【慶沢園について】 慶沢園(けいたくえん)は大阪府天王寺区、天王寺公園内にある日本庭園。もとは住友家本邸の庭として1918年に完成。設計は木津聿斎、作庭は小川治兵衛。1925年に住友家は本邸を神戸に移し、その際大阪本邸の敷地と慶沢園を寄贈した。建物の敷地(慶沢園に隣接)には...
2021年7月7日


披雲閣庭園は迎賓の庭でゴージャス系
【披雲閣について】 香川県高松市、高松城(別名玉藻城)三の丸に建てられた披雲閣(ひうんかく)は、大正6年完成の和風豪邸。造ったのは江戸時代に高松城主だった松平家ですが、旧大名家が近代になって城内に屋敷を作ったという珍しい例になっています。...
2021年7月7日